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酸化物シンチレータ
シンチレータとは
シンチレータとは、a線、g線、 X線等の放射線を紫外・可視光に変換する、放射線専用の蛍光体とも言える物質で、光電子増倍管などの検出器と組み合わせることで放射線検出に用いられ、医療・工業・高エネルギー物理学等の多彩な応用分野を持つ。近年になり、アバランシェフォトダイオードなど新しい検出器の高性能化や、原理は確立されているものの実用化していないTime of Flight情報の利用といった要求を満たすため、高速応答性、紫外・真空紫外といった新たな波長域での発光など、従来にない特性を持つシンチレータが必要とされている。新規シンチレータ材料の開発はCeの5d-4f遷移を利用したものを中心として行われているが、我々は結晶を短時間に作製できるマイクロ引き下げ法の利点を生かし、Pr3+の5d-4f遷移による発光、Yb3+の電荷移動状態から4f状態への遷移による発光、ZnOなど直接遷移型ワイドバンドギャップ半導体の励起子発光など、新たな発光原理を利用したシンチレータの開発、シンチレータ用新規ホスト材料の提案やシンチレータ結晶の高品質化、ファイバー結晶作製技術の開発など様々な研究開発を行っている。
Pr3+の5d-4f遷移を利用したシンチレータ
シンチレータ結晶の用途のうち重要なものとして、陽電子断層撮影(PET)装置が挙げられる。PET装置はCTやMRIなど他の医療画像装置に比較して、機能画像が撮影できるという利点があるが、画質と空間分解能が低いことが課題となっている。現状で最高の特性を持つとされるCe3+の5d -4f遷移を利用した酸化物シンチレータは40-100ns程度の蛍光寿命を持つが、さらに短寿命のシンチレータを開発することができれば、タイムゲートの短縮、Time-Of-Flight(TOF)情報の利用などにより、PET装置の画像解像度は飛躍的に向上することが見込まれる。短蛍光寿命を達成する手段として我々は、蛍光寿命が波長と屈折率に依存することに着目し、高屈折率媒質中で、短寿命かつ光電子増倍管での検出が可能な300nm前後の発光を発現させることを企図した。従来のシンチレータ材料の開発はCe系に代表されるように既存の蛍光体材料を基に開発が行われてきたが、この波長は可視域を超えるため、新規に材料探索を行う必要がある。我々はこのような要求を満たす発光原理として、Pr3+イオンの5d−4f 遷移による発光に着目した。Pr3+は一部のホスト中でCe3+と同様の5d-4f遷移を示し、5d準位のエネルギーがCe3+より高いことから短寿命の発光が見込まれる。一方で、バンドギャップの大きな物質でないと発光が見られないこと、多数の4f準位を持つことから、高エネルギー励起を行った場合でもf-f遷移による長寿命発光が支配的となり易いことなどから、高速シンチレータには適さないと考えられてきた。そこで、従来のホスト材料に要求される特性に加え、バンドギャップ・結晶場など複数の指針に基づき、マイクロ引き下げ法を用いてコンビナトリアル的に単結晶材料の探索を行った結果、特にLu3Al5O12(LuAG)をホストとした場合にPrの5d- 4f遷移からの強い発光を観測し、UV励起において17nsと非常に短い蛍光寿命を持つ優れたシンチレータ材料であることを見出した。このPr:LuAG結晶は、JSTプロジェクト「次世代乳がん診断を拓く高解像度PEM装置の開発」においてシンチレータ材料としての採用が決定しており、現在古河機械金属(株)との共同研究によるPr:LuAG単結晶の量産技術の開発及び高特性化を進めている。このほか、結晶欠陥や元素置換と発光特性との関連を探ると同時に、他の応用に向けた新規Pr系シンチレータ材料の探索を行っている。
2インチサイズPr:LuAG単結晶と 研磨サンプル |
Cs137励起によるPr:LuAGのエネルギースペクトル |
新規発光原理を利用したシンチレータ材料の探索
Yb3+の電荷移動状態からの発光は5d-4f遷移などと同様許容遷移であり、かついくつかのホスト中では可視域に発光波長を持つことが知られている。本研究室ではこの電荷移動状態からの発光の超高速シンチレータ、ニュートリノ検出用シンチレータとしての可能性に着目し、様々なホスト中での発光特性について研究を行っている。LuAG、YGG、LuGGなどのガーネット結晶、YAPなどペロブスカイト結晶を中心にシンチレーション特性を評価結果、CTからの発光は蛍光寿命が非常に早く、特に室温ではYb:YAPにおいて0.6ns、Yb:LuAGで0.5nsと、従来材料に見られない非常に短い蛍光寿命を示した。一方近年、アバランシェフォトダイオードに代表される半導体検出器の特性が向上し、光電子増倍管の代替になりうる性能を示している。これらの検出器は高い量子効率を持つが、長波長側に高い感度域を持つため、これに適合する新たなシンチレータの開発が必要とされている。そこで、Bi3+の新たなホスト材料の開発をはじめとした長波長の発光域を持つシンチレータ材料の開発を進めている。これらの材料系のほか、非常に早い蛍光寿命を示すことで最近注目されているZnO単結晶や他の半導体結晶の励起子発光、中性子用シンチレータなどについても研究を行っている。探索を行っている各系について、従来のシンチレータ材料との比較を下に示す。これまでの研究結果を元に、高発光量・高密度といった従来シンチレータ材料に必要とされてきた特性のほか、超短寿命、新たな発光波長域といった優れた特徴を併せ持つシンチレータ材料の開発を進めていく。
従来のシンチレータ材料との特性の比較 |