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シンチレータ
シンチレータは波長/エネルギーを変換する役割を担う材料です。X線・γ線と言った高エネルギーの光子を紫外~可視光域の低エネルギーの光子に変換します。 また、荷電粒子や中性子もシンチレータ母材との相互作用でエネルギーを付与するので、シンチレータから紫外~可視光域の低エネルギーの光子が放出されます。
放射線検出器は放射線を紫外~可視光に変換する“シンチレータ”と、その光を電気信号に変換する“受光素子”と信号処理回路から構成されます。 非破壊検査装置の性能はこの放射線検出器の性能に大きく依存するため、主要構成要素であるシンチレータの高性能化は非常に重要となります。 この放射線検出器は、陽電子断層撮像装置(PET)やX線コンピュータ断層撮影(X線CT)に代表される核医学装置や、空港の手荷物検査機等に代表されるセキュリティ機器、 石油や鉱物資源探査装置、電子部品の非破壊検査装置、原子炉放射線モニタリング等、広汎な分野に応用されており、市民社会の安全・安心に重要な役割を果たしています。
例えば106eVの高エネルギーの光子を酸化物シンチレータで受ける場合、90%以上吸収するには、数センチメートルの長さが必要となります。 その数センチメートル以上の大きさのどこで光った光も全て無駄なく受光素子で電気信号に変換するために、シンチレータは透明なバルク体である必要があります。
この様な実用化の際に必要になる点も踏まえて考えると、優れたシンチレータを開発するには、
- 全く新しい材料を開発する
- 既存のシンチレータの特性を向上させる
- 透明なバルク体を作るのが難しい優れた特性のシンチレータのバルク結晶作製技術を開発する
の3通りのアプローチがあります。大発見・大発明をした方々のエピソードとして「偶然に見つかった」とか「失敗と思ったら、それが大発見だった」等が多いことから、 1は2や3とは全く関係のない偶然に寄って見出されると考えられがちですが、本研究室では1は2や3をしっかりと研究し、突き詰めた人のみが見逃さずに辿り着けるものだと考えています。
無機固体シンチレータが放射線を受けて発光する際には3つのプロセス経ます(図1)。 発光量はこの3つのプロセスそれぞれの効率、すなわち、エネルギー変換効率、エネルギー輸送効率、発光中心の変換効率等と相関を持ち、以下の式(1)で表わされます。
Nph = Neh×S×Q = {Erad/(βEg)}×S×Q - (1)
ここで、Nph : 発光量(シンチレーション光の光子数)、Neh:放射線によって生成される電子正孔対数、
S:電子正孔対が発光中心に移動する効率、Q:発光中心における発光の効率、Erad:放射線のエネルギー、β:経験的定数(~2.5)です。
輸送特性はバンドギャップと欠陥密度に、発光波長・発光効率・蛍光寿命は発光中心イオンのサイトの対称性と陰イオンとの距離等に依存します。
本研究室における新規シンチレータの設計指針の一例を以下に記します。
- バンドギャップエンジニアリングによるシンチレーション特性の向上
- 共添加による特性向上
- 難易度の高いバルク結晶作製技術の開発
Ce:Lu3Al5O12(Ce:LuAG)のAlサイトへのGa置換を試したところ、Ga置換量の増加に伴い発光量の上昇と下降が観られました。 これはGa置換量の最適値があることを意味しています(図2)。この現象を理解するためにLuAGのバンド構造と LuAGのAlサイトの一部をGaに置換した際のバンド構造とアンチサイト欠陥準位の関係を示した概念図が図3になります。
これらの結果から、ガーネット系の母結晶においてCe3+の5d-4f遷移に伴う発光を最大限引き出すことができる最適なバンド構造があることが想像されます。 最適なバンドギャップを調整するために、LuAGのLuのサイトにGdやYを置換し、AlのサイトにGaを置換するなどして、 Ce:(Gd,Y,Lu)3(Al,Ga)5O12のそれぞれのサイト内での元素比を検討した結果、 Ce:Gd3(Al,Ga)5O12(Ce:GAGG)(発光量58,000 ph./MeV、エネルギー分解能4.5%、蛍光寿命90ns)が開発されました[1]-[3]。 Ce:GAGGは実用化され、リアルタイム線量計やコンプトンカメラ等に搭載されています。
図3 LuAG(左)及びLuAGのAlサイトの一部をGaに置換(右)したときのバンド構造とアンチサイト欠陥準位の関係 |
図4 2インチ径Ce:GAGGシンチレータ単結晶 |
共添加によりシンチレーション特性を向上する試みは広く行われてきました。 Ce3+の5d-4f遷移に起因する発光を利用する系の場合は、3価でないイオンを共添加して電荷補償の効果を得る際に酸素欠陥等の点欠陥を低減させたり、 Ce4+の量を低減させることで、発光波長付近の透過率を向上させたりという検討がなされてきました[5]。
近年、この議論に新たな提案がなされ注目を集めています[6]。その提案では、Ce3+の5d-4f遷移に起因する発光を利用する系において、 2価のイオンを微量共添加することでCe3+の一部をCe4+に変えると、Ce4+が図5(右)の様なメカニズムにより、 他の欠陥準位から非輻射/別の波長として消費される比率が減り、Ce3+としての発光量が増え、シンチレータ全体として高速な発光の成分も増えるとされています。 2価のイオンを微量共添加による、発光量および高速成分の増加はCe:LSO、Ce:LYSO、Ce:LuAG等、多くの酸化物で確認されており、 他の系でも2価イオンの微量共添加がシンチレーション特性にプラスの効果をもたらす現象を見出そうと共添加の検討が多くなされる様になりました。 特にCe:GAGGにMgを共添加した系では、発光量を1割程度しか落とさずに、90nsであった蛍光寿命を40nsまで高速化することに成功しています。 一方で、2価イオン共添加の効果は微量の際にしか見られず、上限添加量が存在する理由も説明できていないため、 メカニズムの理解には更なる追加研究が必要とされています。
3-1. 吸湿性の高いEu:SrI2単結晶の作製技術
Eu:SrI2結晶はガンマ線に対して約80,000 ph./MeVの発光量、3%台のエネルギー分解能を示すことから近年、世界中で精力的に研究が行われています。 しかし、Eu:SrI2結晶は高い吸湿性を示すことから、1968年に米国で発見されていたにも関わらず、高度な結晶作製技術が無かったために埋没していました。 2008年に米国のローレンス・リバモア国立研究所を中心とした研究チームが高品質なEu:SrI2結晶が優れた特性を持つことを示し、 再注目されたシンチレータです。ローレンス・リバモア、オークリッジ国立研究所、テネシー大、RMD社、ノースロープ・グラマン社などが 当該材料を含むハロゲン化物結晶の開発および製造技術の開発を競っています。 国内でも東北大、ユニオンマテリアル社、オキサイド社、C&A社などが技術開発に挑んでいます。 多くの機関が石英密封型ブリッジマン法を採用した一方で、東北大とC&A社はマイクロ引下げ法を応用したカーボン坩堝を用いるブリッジマン法を採用しています。 これは、大口径化が求められた際に、石英封止型では大きさの限界が予想されるためです[7]。
図6に東北大方式のカーボン坩堝を用いたブリッジマン法で作製した2インチ径、4インチ長のEu:SrI2単結晶を示します。 透明でクラックやインクルージョンの無い単結晶の作製に成功しています。Eu:SrI2結晶を2インチ径×2インチ長に加工し、 封缶後に特性を評価した結果、世界トップレベルの発光量70,000 ph./MeV以上、エネルギー分解能3.8%(662 keV, FWHM)の特性を達成しました[8]。
3-2. 優れた特性を示すが非調和溶融組成であるCe:GPSのバルク単結晶作製技術開発
北海道大学やウクライナ、中国の研究チームは2000年代からRE2Si2O7で表されるパイロシリケート型結晶をシンチレータとして研究してきました。 その中でCe:Gd2Si2O7 (Ce:GPS)は30,000ph./MeVという高発光量と6%(662keV, FWHM)という 高エネルギー分解能を持つシンチレータであることが報告されて来ました。 しかしながら、Ce:GPSは非調和溶融組成であるため融液成長ができず、溶液からの結晶成長が必須となるため、 バルク単結晶を得ることが難しいという問題がその実用化を阻んでいました。
これを受け、我々は結晶中の陽イオンと陰イオンの結合に対してイオンを剛体球と考え、局所電荷中和則に基づきbond-valence sumを計算し、 これを陽イオンの実効的な電荷とみなし、そのサイト本来の価数と充分に近ければ構造は安定し易い(=コングルエント)という材料設計の指針の下に Gdのサイトに可視域での吸収も発光もなく、Ceとイオン半径が近いLaを置換することで、 構造の安定化・コングルエント化を試みました(図7)[9]。 得られたCe:La-GPSバルク単結晶の写真を図8に示します。 Ce:La-GPSは高い化学的安定性を有し、高発光量 40,000 ph./MeV、高エネルギー分解能 4.4%(662keV, FWHM)、 短い蛍光寿命(45~50ns)に加え、高温においても発光量の劣化が無いことから、資源探査分野への応用に向けて注目を集めています。
- K. Kamada, T. Yanagida, T. Endo, K. Tsutumi, Y. Fujimoto, A. Fukabori, A. Yoshikawa, J. Pejchal, M. Nikl, Crystal Growth Des. 11 , 4484 (2011)
- K. Kamada, T. Yanagida, J. Pejchal, M. Nikl, T. Endo, K. Tsutumi, Y. Fujimoto, A. Fukabori, A. Yoshikawa, J. Phys. D: Appl. Phys. 44, 505104 (2011)
- http://c-and-a.jp/
- FBNews No.457, 18('15.1.1発行)
- C. L. Melcher, S. Friedrich, S. P. Cramer, M. A. Spurrier, P. Szupryczynski, and R. Nutt, IEEE Trans. Nucl. Sci., vol. 52, no. 5, 1809 (2005),
- Martin Nikl, Kei Kamada, Vladimir Babin, Jan Pejchal, Katerina Pilarova, Eva Mihokova, Alena Beitlerova, Karol Bartosiewicz, Shunsuke Kurosawa, Akira Yoshikawa, Cryst. Growth Des., 14, 4827−4833 (2014)
- Yuui Yokota, Shunsuke Kurosawa, Kei Nishimoto, Kei Kamada, Akira Yoshikawa, J. Cryst. Growth 401,343 (2014)
- A. Yoshikawa, Y. Shoji, Y. Yokota, S. Kurosawa, S. Hayasaka, V. I. Chani, T. Ito, K. Kamada1, Y. Ohashi1, V. Kochurikhin, J. Cryst. Growth 452 (2016) 73 ? 80
- A. Suzuki, S. Kurosawa, T. Shishido, J. Pejchal, Y. Yokota, Y. Futami, A. Yoshikawa, Appl. Phys. Exp. 5, 102601 (2012)
- S. Kurosawa, M. Sugiyama, T.Yanagida, Y.Yokota, A. Yoshikawa, Nucl. Inst. and Meth. in Phys. Res. A7690, 53 (2012)
- A. Yoshikawa, S. Kurosawa, Y. Shoji, V. I. Chani, K. Kamada, Y. Yokota, Y. Ohashi, Cryst. Growth Des.,15 (4), 1642 (2015).